ピーチ

俺はね、子供の時から動物が好きだった。
大きな動物を飼いたかった。
でも、子供の頃は魚や小鳥くらいしか飼えなかった。
俺が「DASH村みたいなの作るわ」って言って、
湯布院に住むことになって一番最初に決めたこと、
珍しい動物と触れ合える場所を作りたい、
動物とのんびり暮らしたいって思ってたし、
大学時代よく通ってた牧場からヤギをもらうことにした。
くれるとかそういう根拠もなかったけど絶対にもらおうって決めたんだ。
まだなにも決まっていなかった頃の話。
『時のかけら』の名前も決まっていなかった頃、
確か2008年3月。
大学時代に多分トータル100人以上後輩を連れていった牧場。
ソフトクリームがすごく美味くて、牛とかヤギがいて、
のどかで癒される俺のお気に入りの場所だった。
3月に訪れると生まれたばかりの子ヤギがいた。
確か生後2日と4日の子ヤギたち。
その中にピーチもいたんだ。
でも、確かヤギをもらえることになったのはもう少しあと。
それでもそのとき出会ってはいたんだ。
想いを伝えてヤギをもらえることになった。
最初もらう予定だったのは白と黒の牛みたいな変なヤギ。
白いヤギがよかった。
そこにいた子たちの中で一番美人で可愛かったヤギ、
もちろんオーナーさんのお気に入りだった。
でも、いろいろあってその子をもらえることになったんだ。
すげーうれしかった。
俺の夢だったからね。
俺はヤギと暮らすことになったんだ。


ピーチは小さなヤギだった。
車の下に隠れたり、ボンネットの上に乗ったり、
一緒にいろんな所を散歩した。
そして道草を食いまくった。
車に乗せてドライブもしたりした。

たまにピーチの実家に連れて帰ってお母さんに会わせたりもした。
俺が一人で時のかけらを始めて、
ピーチが一番最初の仲間だった。

時のかけらのメンバーだった。
近所の子供たちやおばちゃんがファンになり、
ピーチは時のかけらのアイドルになった。
甘えん坊で寂しがり屋。
かまってほしくてやたら鳴く。
はっきり言ってめちゃくちゃ手のかかる子だった。
ヤギの鳴き方の違いで何を訴えてるかだってわかってしまうし、
どんどん大きくなって、力が強くなって、
首輪は切るわ、鎖は切るわ。
大型のヤギになっていった。

そういえばピーチとは一緒に由布岳に登ったんだ。
山の羊でヤギだからね。
でも登りは嫌がって抱っこしたり大変だった。
下りはめちゃくちゃ早いし。

きっとピーチは最初で最後の由布岳を人間と一緒に登山したヤギだね。
ニワトリのハッピーがピーチの最初の相棒だった。
毎日一緒に過ごしてた。
ピーチはハッピーの羽を食べちゃって、
ハッピーは肩のところずっと羽が生えてこなかった。
ジューシーが入ってきてジューシーも大きくなると
今度はジューシーがピーチの耳を食べた。

あのときは血がドバドバ出てて俺は泣きながらアタフタした。
本人はちっとも痛くなかったみたいだった。
なんか幸せな気分になってきた。
ピーチが時のかけらに来て3年と数カ月、
いろいろとしんどいこともあったし、
ピーチの世話で育児ノイローゼになったりもした。
でも、ピーチは毎日時のかけらにいて、
俺も毎日時のかけらにいた。
誰とも会わない日なんてたくさんあったけど、
朝起きると、「めぇ〜〜っ」って、
ピーチが俺を呼んだ。毎日。
「おはよう」だったのかもしれないし「エサくれ」だったのかもしれない。
ウザい時もあったけど、ピーチと一緒に朝ごはんを食べるのが好きだった。
俺がリンゴかじりながら外に出て、ピーチと半分こしながら食べるんだ。
俺がかじって俺の匂いが付いたのは嫌がって食べないの。
生意気なお姫様だった。

でも、そんな日々が突然終わった。
今日は元気なく鳴いた。
見たら一発でわかる。
具合が悪かった。
昨日は特に問題なかった。
下痢も嘔吐もしていない。
ピーチは水を少し飲んだ。
ヤギは強いけど、何か症状が出ると弱い。
寒かったけど、寒さが原因ではなさそうだった。
外傷もない。
ヤバいと思ってピーチの実家に電話した。
電話の最中ピーチは突然立てなくなった。
フィラリア(腰麻痺)だろうということだった。
もって一週間じゃないか、と言われた。
最後のほうは苦しそうで見てられなくなるから安楽死も、とも言われた。
俺はパニックだった。
こんなとき頭が回らなくなると詰む。
俺はアタフタした。
ピーチは大きすぎる。
重すぎた。
一人ではとても持てないほどだった。
ピーチを玄関に運び、毛布をかぶせ、体をさすっていろいろと話しかけた。
病院にいって点滴とかしてもらおう、一人じゃ引きずるしかできないから助けを呼んだ。
ピーチが立てなくなって崩れるように倒れてからわずか1時間、
俺にはすごく長い時間のようだった。
応援が駆け付ける前に、ピーチは俺の見ている前で息を引き取った。
最後数分は苦しそうにもがいたけれど、ずっと抱きしめて、
落ち着いてきたと思ったらそのまま動かなくなった。
信じられない。
ずっと嘘だ、夢だって思って今日を過ごした。
でもこれが現実。
日曜日。ピーチの大きな墓を掘る。
ピーチにしてあげられることはこれが最後。
思っていたより落ち着いているようで、ボロボロだ。
平然を装いながらも当たり前のことさえできないくらい意味がわからなくなっている。
でも、これを書いてみて、少し落ち着いた。
悲しい気持ちは変わらんけど、
ピーチがいて、ピーチと過ごせて幸せだったんだなって。
たくさん思い出をくれたんだなって。
そして、たくさんの人を笑顔にして、ハッピーにした。
俺がピーチを幸せにできたのか、いい飼い主だったのかは分からない。
ピーチは俺といられて幸せだったんだろうか?
一昨日、ピーチとけんかしたんだ。
頭突きされて、痛かった。
なんで最後の思い出がけんかなんだろうね。
もっと他にしてやれなかったのかって思う。
ピーチと一緒に、俺が時のかけらを作っていく、
それは当たり前だと思ってた。
ピーチが死んだら時のかけらやめるとか言った時もあった。
でもね、いまはね、逆だ。
天国にいるピーチに、俺がピーチと作りたかったものを見せたい。
ピーチのお墓には桃の木を植えよう。
花の種を一杯まいて、きれいな花だらけの、
神殿みたいな、遺跡みたいなものを作りたい。
誰かがピーチのお墓に来るたびに、
花を添えるのではなく、種をまいてもらえたらいいな。
きっとピーチが生きてたら種なんて全部食べちゃうんだ。
あいつは花が好きだった。
きれいな花が咲いてると花だけ食べちゃうどうしようもない奴だった。
今度からは好きなだけ食べれるように、
むしろ食べきれないくらいの花を咲かせてやる。
もう頭ゴチャゴチャでよくわかんないけど、
ピーチが俺のヤギで俺は幸せだった。
悲しいけど、悲しい以上にハッピーな思い出をたくさんもらえた。
ありがとう。
そしてピーチを愛してくれた多くの方々、
ピーチをかわいがってくださった皆さん、
本当にありがとうございました。
きっとピーチはめちゃくちゃ愛されたヤギだよね。
ピーチ、俺はそっちには行かないから、
俺たちが作る時のかけら楽しみにしててくれよ。

2011年12月16日 Kaz












